日本の園芸文化は本来中国のそれの影響を受けている。中国では唐代にボタンが盛んにもてはやされ、育種も進んだ。またウメやモモなども花を愛でることが行なわれた。宋代にはシャクヤクの育種が進み、また中国春蘭が文人思想と共に愛された。このほかキクやハス、フヨウなど、中国で観賞植物化したものは多い。これらはその都度日本にももたらされ、貴族や武士、僧侶などの趣味として定着していた。中国華北から華南にかけての植物は日本の気候にも適応しやすかったと思われる。一方で平安時代にはすでにサクラや秋草への愛好が見られ始め、日本独特の園芸文化が発展して行くことになる。鎌倉時代には盆養が普及し、室町時代には中国蘭が愛好されていたほか、すでにサクラやツツジ、ツバキに多数の品種が生まれつつあった。
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江戸時代はことのほか園芸が発達するが、その要因として、もともと江戸幕府の歴代将軍(特に初代から三代)が非常な花好きであり、その影響が大きいとされる。ただし前述のようにその素地ははるかに以前より存在していたと言える。将軍への献上等のために各藩は自慢の植物を「お留花」として門外不出とし、散逸を厳しく制限することもあった。しかし江戸時代全般を通じ参勤交代や交通、流通の発展により各地の植物が行き来して、三都をはじめ各都市に集積した。また大都市近郊には大規模な園芸商が興隆し、都市の園芸植物の需要に応えていた。